2019年の新型コロナウイルス(COVID-19)と2003年の重症急性呼吸器症候群(SARS)の発生における決定的な違い、それはソーシャルメディアが社会にもたらす多大な影響力です。Facebookが2004年に設立され、ソーシャルメディアのパイオニアかつ大御所となってから、まだそれほどの時は経っていません。かつて世間に簡潔で正確な情報を広め注意喚起を促す上で、極めて重要な役割を担っていたのは、マスメディアでした。しかし、いち早く情報を得られる場としてソーシャルメディアが世間に浸透した今では、状況は一変しています。
コロナウイルスに対する世界的なメディアの影響
中国の武漢市を起源とするきわめて危険性の高い新型コロナウィルスの外部への感染拡大を防ぐため、中国当局は武漢市全体の封鎖と移動制限という非常措置に踏み切りました。医療関係者や科学者がワクチンや特効薬の開発に必死になる一方で、いまだ身動きの取れない住民や訪問者が存在します。新型コロナウイルスはすでに中国国内で1,000人以上の死者をだし(2020年2月11日現在)、1月末には世界保健機関(WHO)が世界的な緊急事態を宣言しました。中国国外での発症例も複数の国であいつぎ、発症者数は急増しており、過去2週間以内の中国への渡航者の入国禁措置を取る国も出ました。
誰もが無数のソーシャルメディアチャネルにアクセスできる中、いかに秩序を維持し、市民や旅行者のパニックを解消するかが、政府や意思決定者たちの焦点になっています。ソーシャルメディアからは日々膨大なコンテンツが生まれており、フェイクニュースの根絶や抑制が不可能なのは、火を見るより明らかです。 MeltwaterのExploreツールによると、2020年1月には国内マスメディアとソーシャルメディア上の新型コロナウイルスに関する話題は合計で約560万件、1日あたりの平均では約187,000件(世界で2,170万件、1日あたりの平均約712,000件)に上りました。これらすべての発言をもれなくチェックするのは無謀な試みです。表1は新型コロナウイルスに関連する爆発的な話題の増加を示しています。これこそが、このような危機的な状況下において私たちが立ち向かわなければならない戦いだといえます。
フェイクニュースが不正確な情報をばらまく中、Facebookはこうした悪質なデマへの対策をより強化すると宣言しました。また、Googleトレンドでは、新型コロナウイルスとメキシコの「コロナビール」を掛け合わせた検索が急増し、フェイクニュースがもたらす危険性が浮き彫りとなりました。思わず失笑を誘うような出来事ではありますが、前例のない危機下において、人々がフェイクニュースを鵜呑みにすることで生じるリスクをよく表した事例ではないでしょうか。他では、コウモリのスープや漂白剤を飲むと新型コロナウイルスを駆逐できるといった、治療法をよそおった様々なデマも見られました。 Meltwater’s Exploreによると、1月に新型コロナウイルスとコロナビールをからめた発言は、実に50,000件以上もありました。 Twitterユーザーは、両者がまったくの無関係であることを繰り返し指摘し、誤解を解く必要があるでしょう。
デマに立ち向かうメディアの役割
このような状況においては、何が真実で正しいかを広め、適切な行動を促すことがより肝心です。事実に基づく報道を行うチャネルを上手くまとめるためには、メディアの役割が間違いなく重要になってきます。そこで、正しいメッセージの伝達に不可欠な存在となるのが、多くのオーディエンスをかかえる人気メディアです。Meltwaterのソーシャル・エコーは、ソーシャルチャネル上の記事の影響を完全に可視化します。この機能では、Facebook上の記事に関連する投稿、反応、コメントの総数と、Twitterで記事がツイートまたはリツイートされた回数を追跡できます。これにより、意思決定者や戦略ブレーンは、ソーシャルチャネル上で、最もオーディエンスエンゲージメントが得られる記事にPR戦略を集中させることができます。
たとえば、世界保健機関(WHO)の世界的な緊急事態をとりあげたBBCの記事は、1月のソーシャル・エコー(ソーシャルメディア上の反響)が最も高い報道記事でした。この記事はTwitterで24,213回、Facebookで881,219回、Redditで1,768回シェアされ、読者への推定リーチ数は1,320万人にも上りました。これらの数字から、意思決定者が世界中にメッセージを伝えるための手段として非常に有効であることが読み取れます。 ソーシャル・エコーのスコアが高い記事は、世間の理解や賛同を得やすいといえます。 BBCやThe Guardianは、その評判のよさから、ジャーナリズムの権威として認知されており、こまやかな情報を伝える信頼性の高いソースとなっています。
中国国内での集団感染をとりあげたメディア投稿は、1億2,000万件以上に達しました。中国の人々が直面している最大の課題、それは玉石混合の投稿やミスリーディングを生み出すニュースから正確な情報を見定めることです。中国発の健康情報交換プラットフォームDing Xiang Doctor(丁香医生)は、噂レベルの情報を積極的に排除するとともに、現在の流行状況の詳細かつ有益な報道を提供し、多くの支持を得ています。混乱のさなかで、中国市民から直接発信される発言は、市民の不安をやわらげたり、ありのままの現状を伝える情報源として、間違いなく大きな影響力をもっているといえます。
メディアを通じた啓蒙活動
不正確な情報に翻弄される人々を救うためには、ウイルスの治療法を確立するだけではなく、一人ひとりへの啓蒙活動と意識の向上を徹底することが肝心です。事実に基づく情報と呼びかけを継続的に配信することで、人々は各種対策や措置の理論的根拠を徐々に理解できるようになるでしょう。対策の効率と有効性を最大限に高めるためには、私たち一人ひとりの協力と新型コロナウイルスに関する知識が十分でなければならないのです。
たとえば、今回のウイルス危機により、公衆衛生の重要性が改めて強調されるようになりました。それにより、マスクと消毒剤は手放せないアイテムになりました。また、マスクの有効性を高めるために、マスクの正しい装着や使用法などの情報を絶えず公開され、国家レベルで公衆衛生の重要性が繰り返し説かれています。こうした情報は、ネット上で徐々に拡散・浸透しているようです。ソーシャルメディアのコメントは、マスク、消毒剤、公衆衛生といったキーワードで埋め尽くされました。予防対策については275,000件以上の発言があり、ソーシャルメディアで他人に有益な情報をシェアすることに使命感を感じている人が多いようです。
MeltwaterのExploreがハイライトしたのが、ソーシャルメディアで最も高いエンゲージメントを獲得したJoel TayのTwitter投稿です。Tayのユニークな投稿は153,000回以上リツイートされ、258,000件のいいねを獲得しました。この若いツイッターユーザーはさまざまなマスクをイラストで紹介し、その中に美容用のフェイシャルマスクをいれ込み、「これは使うべからず」などと、ユーモアあふれるコメントを添えました。またTayは、役立つ情報を盛り込んだポスターを作成・シェアしたFacebookグループを高く評価し、情報のネットワークをさらに広げました。ウイルスと戦うために有益な情報と知識は、ウイルスに匹敵するほどにバイラルになりうるのです。この事例から、マスメディア、ソーシャルメディアの両方を活用すれば、会話レベルの情報を通じて人々の行動パターンに影響を与えられるということがわかります。
メディア経由で事実を把握し助け合う
ソーシャルメディアなどの強力なツールに誰もがアクセスできる場合には注意も必要です。前述のTayとは真逆に、別のだれかがソーシャルメディアで悪意ある行動に走るかもしれません。コロナウイルスの発生に関するデマは、国民のパニックを加速させる恐れがあります。人々は感染の出どころを非難しますが、そうしたところで問題解決の助けとはなりません。こうしたアクションは、問題を根絶し、困っている人々を助けるソリューションを見出だす上で妨げとなるだけです。
日に日に感染が拡大し続ける絶望的な状況下においては、私たち一人ひとりに強い精神が求められ、コミュニケーションこそがお互いを助け合う方法を見いだす鍵となります。メディアは、人と人をつなぐ重要な架け橋として、国全体での事実情報の共有を可能にします。橋渡しの第一のステップとしては、主要メディアが信頼性と責任を強化し、正しいメッセージを人々に届けるように働きかけることが肝心です。こうしてオーディエンスが正しい知識と認識を得て、疑わしいソースの信ぴょう性を検証できるようになれば、フェイクニュースの拡散を未然に防ぐことができるようになります。メディアが不安をやわらげる役割となり、オーディエンス一人ひとりが勇気をもって協力し合うことで、ようやく橋を渡ることができるのです。