ニューロダイバーシティとは、脳や神経に由来する個々人の障がいを多様性として尊重する考え方です。企業が障がい者を受け入れる体制を作ることで、有能な人材の確保につながります。ニューロダイバーシティの重要性や企業の取り組み事例、ジェンダーダイバーシティとの関連性などを紹介します。
多様性を尊重する社会への移行が進むなか、ニューロダイバーシティという新しい概念が注目を集めています。ニューロダイバーシティとは、発達障がいなどを個性として捉え、社会に活かす概念です。
今回の記事は、ニューロダイバーシティの定義・推進される理由・企業の取り組み事例などを詳しくまとめました。本記事を読めばニューロダイバーシティの概念を理解し、重要性や将来性を把握できます。ジェンダーダイバーシティへの理解も深めながら、職場でどのような取り組みができるか積極的に検討してみましょう。
ニューロダイバーシティとは?
ニューロダイバーシティに関するトレンド分析
ニューロダイバーシティに取り組む企業例
ニューロダイバーシティのこれから
ジェンダーダイバーシティについて
ダイバーシティ化する世界に適応し、持続的な成長を目指そう!
ニューロダイバーシティとは?
ニューロダイバーシティ(Neurodiversity)とは日本語で「脳の多様性」「神経の多様性」と訳され、発達障がいのように脳や神経による障がいを個性として捉える新しい概念です。発達障がいとは脳機能の発達に関係する障がいの総称で、主な例は以下のとおりです。
- ASD(自閉スペクトラム症)
- ADHD(注意欠如・多動症障がい)
- アスペルガー症候群
- 学習障がい(LD)
ニューロダイバーシティの視点では、発達障がいを能力の優劣ではなく人間の自然な多様性と見なします。発達障がいのポジティブな側面に注目し、強みとして活かすのが特徴です。たとえば、発達障がいの人は高い集中力を持っていたり、特定分野に秀でていたりするといった特性を持っていることがあります。それを職場や社会でどのように活かせるかに焦点を当てます。
参照:経済産業省「イノベーション創出加速のためのデジタル分野における「ニューロダイバーシティ」の取組可能性に関する調査」
ニューロダイバーシティが推進される理由
ニューロダイバーシティが推進される理由は、人材の確保や多様化する社会への適応のためです。
少子高齢化が進む日本では、労働力の確保が課題となります。ニューロダイバーシティを推進すれば、これまで活用されていなかった人材を労働市場に取り入れられます。
障がい者雇用という制度もありますが、ニューロダイバーシティは個人の能力にさらに注目した考え方です。障がい者用の一定の仕事に収めるのではなく、その人特有の高い集中力やパターン認識能力を仕事に活かせるよう環境を整えます。ニューロダイバーシティの取り組みにより、実際に生産性を高めた事例もあります。
また、多様性の重視は、企業イメージの向上になることもメリットのひとつです。SDGsなどがうたわれるようになり、経済的な利益だけでなく社会的な貢献度も企業の価値として加わりました。企業イメージがよくなれば、顧客との信頼関係の構築や、優秀な人材の採用などにつながるでしょう。
ニューロダイバーシティは多様性を尊重しつつ、社会全体に活力を与えるといった効果が期待されています。
参照:経済産業省「イノベーション創出加速のためのデジタル分野における「ニューロダイバーシティ」の取組可能性に関する調査」
ニューロダイバーシティに関する経済産業省の取り組み
経済産業省は企業におけるニューロダイバーシティの実践方法を、具体的に提示しています。そのひとつが調査結果のレポートです。
レポートの内容は、デジタル分野における発達障がい者の雇用とその効果の検証などです。複数の企業に協力を求め、実証した結果として「心理的安全性の向上」「物理的環境の整備」「スティグマ(障がい者に対する偏見)の軽減」などが職場の課題として挙げられています。
また、啓発活動としてウェビナーを開催し、企業の経営戦略としてのダイバーシティ経営の重要性を発信しています。
参照:経済産業省「ニューロダイバーシティの推進について」、「イノベーション創出加速のためのデジタル分野における「ニューロダイバーシティ」の取組可能性に関する調査 調査結果レポート(令和5年3月改訂)」
ニューロダイバーシティに関するトレンド分析
ニューロダイバーシティの概念がどのくらい世間に浸透しているのか調査しました。Meltwaterの消費者インサイトツール「Radarly」の調査では、2024年6月1日から30日間のニューロダイバーシティに関する日本国内のポストは、約13万8,000件でした。
発言がもっとも多かったのはYahoo!知恵袋・2ちゃんねるなどの掲示板で、全体の49.82%です。次にX(旧Twitter)が29.93%となっています。
ただし、武田薬品の「職場における脳・神経の多様性に関する意識調査」によると、ニューロダイバーシティの認知度はまだまだ低いとのことです。国内のオフィスワーカーを対象とした2023年1月の同調査によれば、ニューロダイバーシティという単語を「知らない」と回答した人は60.5%と6割を超えました。
ニューロダイバーシティの認知・推進には、まだ多くの課題があると考えられます。
ニューロダイバーシティに関する発言例
Meltwaterの消費者インサイトツール「Radarly」の調査によると、X(旧Twitter)上でのニューロダイバーシティに関連する話題の中で、以下の投稿が大きな反響を呼んでいました。
著名人では俳優のトム・クルーズが、自身の機能的非識字症について「学習意欲は高かったが、読んだ内容をほとんど覚えていなかった」と述べています。同じく俳優のダニエル・ラドクリフは、自身の統合運動障がいについて「(障がいが)あなたの歩みを止めさせてはいけない」と語り、学習障がいが人生の自由を奪うものではないと強調しています。
参照:Vogue Japan「ダニエル・ラドクリフやトム・クルーズなど、ニューロダイバーシティをセレブレイトする人たちの言葉に触れて」
ニューロダイバーシティに取り組む企業例
ニューロダイバーシティに取り組む企業の事例として、以下の3つを紹介します。
- 米:Googleの事例
- 米:マイクロソフトの事例
- 日本:アクサ生命保険株式会社
実際の事例を参考に、自社でどのようにニューロダイバーシティを取り入れるか検討しましょう。
米:Googleの事例
Googleはスタンフォード大学の研究者と協力し、自閉症の当事者を対象とした採用プログラムを構築しました。面接プロセスでは特性を考慮し、以下のように環境を整えています。
- 面接時間の延長
- 事前に質問の提供
- 対話ではなく、Google Document上のタイピングによる面接の実施
また、マネージャーなど採用プロセスに関わる社員にトレーニングを実施し、職場全体でニューロダイバーシティへの理解を促進しています。
参照:Google Cloud Blog「Strengthening our workplace with neurodiverse talent」
米:マイクロソフトの事例
マイクロソフトは、自閉スペクトラム症の人々を対象に特別な採用プロセスを設けています。従来の面接形式ではなく、数日間マイクロソフトで働くことを通して応募者のスキルや適性を評価しています。
新しい採用プロセスにより、従来の方法では不採用だった人の約50%を採用することに成功しました。
参照:https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/neurodiversity/neurodiversityreport2021.pdf
日本:アクサ生命保険株式会社
アクサ生命保険株式会社は、日本企業のなかでもニューロダイバーシティに積極的に取り組んでいる企業のひとつです。2020年4月2日、国連自閉症啓発デーなどにあわせてニューロダイバーシティの概念を社内外に啓発する活動を開始しました。
「ひとつのチーム」を社内の行動指針に掲げ、多様な人材それぞれが働きやすい職場環境を構築しています。社員の男女比を同値にし、障がい者・LGBTQ+・外国籍の人なども積極的に採用しています。
参照:アクサ生命保険「インクルージョン&ダイバーシティへの取り組み」
ニューロダイバーシティのこれから
ニューロダイバーシティの今後の動向について、以下の表のような予測が考えられます。
将来像・予測 | 詳細 |
---|---|
企業の成長戦略としての重要性が増す | とくにIT分野では、人手不足を補うため多様性を活かした雇用戦略が重要となる |
社会全体での認知度向上と受容の拡大 | 企業や教育機関での取り組みにより、ニューロダイバーシティの認知度と受容が広がる |
政策と支援体制の強化 | 少子高齢化による生産年齢人口の減少を背景に、政府・企業・福祉機関が連携して支援体制を強化する |
多様な職種への適応が進む | IT分野だけでなく、農業や製造業などの産業や職種にもニューロダイバーシティの考え方が広がる |
ニューロダイバーシティへの理解を深め、自社の持続的な成長と多様性の尊重のための取り組みを検討しましょう。
ジェンダーダイバーシティについて
多様性の範囲は障がいだけでなく、性にも及びます。ジェンダーダイバーシティについて理解を深め、自社での取り組みを検討しましょう。
ジェンダーダイバーシティとは?
ジェンダーダイバーシティとは、主に男性と女性を公平な立場として尊重することを指します。近年では、女性の活躍の場を増やすときに用いられることが多いです。たとえば、企業が女性の管理職比率を高めるための施策を実施したり、女性向けのキャリア開発支援を行ったりすることが、ジェンダーダイバーシティの一例です。
企業がジェンダーダイバーシティを推進する理由のひとつは、経済的なメリットが期待できるからです。Gender Action Portalによれば、男女比が均等なチームは男性が多いチームよりも売上と利益が高くなる傾向が見られました。利益は女性の割合が50%になるまで増加し、それ以上では横ばいになったとのことです。つまり、男性と女性がバランスよく組織にいることが、利益につながるのです。
LGBTQIA+のことも、広義の意味としてジェンダーダイバーシティに含まれることがあります。もしくは、ただ「ダイバーシティ」と表されることが多いです。
LGBTQIA+は性的指向やジェンダーアイデンティティの多様性を表す総称で、以下のような概念を含みます。なお、「+」は以下の表に含まれないほかの性的マイノリティを表現しています。
頭文字 | 概要 |
---|---|
L(Lesbian) | レズビアン。女性の同性愛者。心の性が女性で、恋愛対象も女性 |
G(Gay) | ゲイ。男性の同性愛者。心の性が男性で、恋愛対象も男性 |
B(Bisexual) | バイセクシュアル。両性愛者。恋愛対象が女性にも男性にも向いている |
T(Transgender) | トランスジェンダー。性自認が出生時に割り当てられた性別と異なる人 |
Q(Queer/Questioning) | クィアまたはクエスチョニング。自身の性別や性的指向を決められず迷っている状態、または決めない状態 |
I(Intersex) | インターセックス。身体的性において男性と女性の両方の性別を有している |
A(Asexual) | アセクシュアル。性的指向がない、または非常に低い人 |
電通の「LGBTQ+調査2023」(2023年6月調査)によると、日本国内でLGBTQ+層に該当すると回答した人の割合は9.7%で、2020年の8.9%から増えました。LGBTQ+に当てはまらないストレート層も、LGBTQ+の人をありのまま受け入れたいと思っている人が84.6%でした。
ジェンダーダイバーシティは今後も、さらに推進されていくと考えられます。
参照:Gender Action Portal「The Impact of Gender Diversity on the Performance of Business Teams: Evidence from a Field Experiment」
ニューロダイバーシティとジェンダーダイバーシティの違い
ニューロダイバーシティとジェンダーダイバーシティは、どちらも多様性を尊重し個々の特性や能力を活かせる社会を目指す概念ですが、焦点となる多様性の側面が異なります。
ニューロダイバーシティは、脳や神経による障がいを持った人を尊重する考え方です。自閉スペクトラム症やADHDなどの神経発達の特性を個性や多様性として捉え、社会や職場での活躍を目指しています。
一方、ジェンダーダイバーシティは、性別に関する多様性を尊重する概念です。ジェンダーに関する固定観念を打破し、すべての人が生まれつきの性別やジェンダーアイデンティティに関わらず平等に機会を得られる社会を目標としています。
ジェンダーダイバーシティに関するトレンド分析
Meltwaterのツール「Radarly」の調査によると、ジェンダーダイバーシティに関するポストは、2024年6月1日から30日間で14万9,934件でした。とくにX(旧Twitter)で話題になるケースが多く、全体の63.81%を占めています。
なお、ジェンダーダイバシティ関係でもっとも多いキーワードは「トランスジェンダー」で、8,945件のポストがありました。ジェンダーダイバーシティというと、男女間の平等よりもLGBTQIA+を連想するようです。
「プライド月間(Pride Month)」とは?
毎年6月に世界各国で開催されるプライド月間は、LGBTQIA+コミュニティの権利啓発と性の多様性を訴えるイベントです。
プライド月間の発端は、1969年6月の「ストーンウォール事件」です。ストーンウォール事件とは、1969年にニューヨークのゲイバー「ストーンウォール・イン」に警察が捜査に押し入り、店員を逮捕しました。当時は同性間の性交渉を持つことが、アメリカ全土で法律によって禁じられていたのです。これに対し店の客が抗議し、大きなニュースとなりました。
ストーンウォール事件はLGBTQIA+の権利獲得運動の転換点となり、現代のプライド月間の起源として広く認識されています。
「プライド月間」に関するトレンド分析
Meltwaterのツール「Radarly」の調査では、日本国内でのプライド月間に関するキーワードのポストは2024年6月1日から30日間で約15万2,000件でした。キーワードを「プライド月間」のみに絞ると、1,396件となりました。
X(旧Twitter)での言及が圧倒的に多く見られます。プライド月間はニュースとして取り上げられるというよりも、一定のコミュニティ内でのやりとりが多いようです。
また、Xマーケティングによるトレンド分析では、プライド月間に関するX内でのポストは年々増加しているのが確認されました。具体的には2019年と比較して、2021年には約2.5倍のポスト数となっています。プライド月間は公に報道されることは少ないものの、人々の関心が高まっていることがうかがえます。
若年層の性の多様性に関する反応
若年層は他の年齢層に比べて、性の多様性に柔軟で関心も高いようです。
FNNの世論調査(2023年2月調査)によると、日本国内で同性婚の法律化に賛成する人は71%、20代では91.4%にも上りました。
また、LGBT+ PRIDE 2024(2024年2月~3月調査)によると、世界全体で自身がLGBTQIA+であると自認しているのは、世代別で以下の通りでした。Z世代での割合が高いことから、性自認がしやすくなってきたことがわかります。
- 1996年~2012年生まれのZ世代:17%
- 1980年~1995年生まれのミレニアル世代:11%
- 1966年~1979年生まれのX世代:6%
- 1945年~1965年生まれのベビーブーム世代:5%
ほかにも、Z世代の世論調査では以下のような結果が出ています。女性のほうが性の平等に対する意識が高いようです。
項目 | 女性 | 男性 |
---|---|---|
トランスジェンダーの差別からの保護に対する支持率 | 78% | 63% |
同性婚の法的許可への支持率 | 65% | 45% |
同性カップルの養子縁組権利への支持率 | 74% | 59% |
性の多様性を考慮することは、若い人たちを理解することでもあります。職場に多様性を取り入れることで、若手社員が会社に誇りを持ち、働きやすくなるでしょう。
LGBTQIA+に関する課題
LGBTQIA+の権利保障に関しては、現在でもさまざまな議論が生まれています。
たとえば、トランスジェンダー女性(生まれたときの性別は男性で、心は女性)の女性用スペース利用について、埼玉県富士見市の加賀奈々恵市議は、一般女性の権利を考慮した制度運用を訴えSNSで大きな反響を呼びました。
また、教育現場でのLGBTQIA+への対応も議論を呼んでいます。学習指導要領への多様な性的指向の明記について、スポーツ庁は生徒の年齢や保護者の理解を考慮して慎重な検討を求めています。
LGBTQIA+に関する課題を、以下の表にまとめました。職場の外部環境も考慮しながら、職場での課題に対応すると良いでしょう。
課題 | 詳細 |
---|---|
職場での差別 | 多くの企業が差別禁止や同性パートナー制度を導入しているものの、実際には差別や偏見が残っている事例が報告されている |
スポーツ分野での差別 | 体育やスポーツ競技において、特にトランスジェンダーに対して体力面での不公平感を感じる人が多い |
法的整備の遅れ | 同性婚の合法化や差別禁止法の制定が進まず、LGBTQIA+の人々が法的に十分保護されていない状況が続く |
宗教的価値観との対立 | 一部の宗教団体や保守的なグループがLGBTQIA+の権利拡大に反対し、とくに同性婚や性教育の内容で議論が生じる |
メディアでの表現 | ステレオタイプや偏見に基づくLGBTQIA+の描写が問題視され、正確で多様な表現が求められている |
若者への支援不足 | 学校や家庭での支援が不足し、とくにカミングアウトに対する理解やサポートが欠如している |
参照:産経ニュース「トランス女性の女性トイレ利用に物申す 埼玉・富士見市議」
ダイバーシティ化する世界に適応し、持続的な成長を目指そう!
ニューロダイバーシティとは、発達障がいを個性として捉える新しい概念です。ニューロダイバーシティの視点を取り入れることで、「多様な人材の活用」「労働力の補完」「生産性の向上」などの効果が期待されています。また、ジェンダーダイバーシティやLGBTQIA+の権利啓発などの動きも広がっている点にも要注目です。
今後、ダイバーシティの理解と実践は、企業の成長戦略としてさらに重要性を増すと予測されます。多様性を尊重し、それぞれの特性を活かした新しい価値を創造する社会の実現に向けて、取り組みを始めてみましょう。
山﨑伊代(Meltwate Japanエンタープライズソリューションディレクター)
大学卒業後、新規顧客開拓セールスコンサルタントとしてMeltwater Japan株式会社入社。
食品・生活用品・エンタメ・自動車・機械・学校法人等多種多様な企業・団体の広報・マーケティング部門のデジタル化並びにグローバル化をMeltwaterのソリューションを通して支援。 2016年~2018年グローバルセールスランキング首位。 趣味は山登りとビデオゲーム。