ブランドアイデンティティとは、顧客に持ってもらいたい企業イメージのことで、企業活動を貫く重要な概念です。キャッチコピーやロゴ、社会活動などを含めた、企業のイメージ全体を指します。
ブランドアイデンティティを正しく理解し、明確化できれば、他社との差別化や顧客関係の強化、従業員満足度の向上に繋げることもできます。この記事では、ブランドアイデンティティの定義や重要性、構成要素や構築のためのフレームワーク、成功事例までわかりやすく解説していきます。
ブランドアイデンティティとは?
ブランドアイデンティティを明確にするのはなぜ重要?
ブランドアイデンティティの構成要素
ブランドアイデンティティを明確化するフレームワーク
ブランドアイデンティティを構築した後にすべきこと
ブランドアイデンティティの成功事例
まとめ
ブランドアイデンティティとは?
ブランド論の大家であるデービッド・アーカー氏は、ブランドアイデンティティについて、1997年に出版された著書「ブランド優位の戦略」で以下のように定義しています。
“「ブランドアイデンティティ」とは、ブランド資産の構築と活用の戦略的主導要因であり、企業などの組織が創造し維持しようとするブランド連想の集合である。この連想は、ブランドが何を表しているかを示し、顧客に与える約束を意味する。”
また2014年の著書「ブランド論」では、ブランドアイデンティティからブランドビジョンに呼称を変えた上で、以下のように定義し直しています。
“そのブランドにこうなってほしいと強く願うイメージを、はっきりと言葉で説明したものだ。つまり、顧客や関係者(社員や事業パートナーなど)の目から見たとき、そのブランドが表してほしいと願うものである。”
ブランド論では上記の定義と併せて、「ブランド構築の要素を決定づける、ブランド戦略策定プロセスにおける中心の一つになるべき存在」とも記載されており、アーカー氏がどれほどブランドアイデンティティを重要な概念として捉えていたかご理解いただけるでしょう。
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ブランドアイデンティとブランドイメージの違い
ブランドアイデンティティは、アーカー氏の定義にある通り、企業側が「こうなりたい、こう思ってほしい」といった意図を持って構築していくものです。
それに対してブランドイメージは、顧客側が実際に企業に対して持っているイメージとなります。企業や商品とのコミュニケーションを通じて創り上げられていくものです。
ブランドアイデンティティはあくまで企業側の理想像のため、意図した通りに顧客側に伝わらない可能性があります。 例えば企業側が「どんな時でも身近に寄り添ってくれる友人のような存在」をブランドアイデンティティとして、ブランド戦略を展開したとしましょう。
しかし顧客に対して不愛想なコミュニケーションを取る従業員がいれば、先に挙げたようなブランドアイデンティティとは異なったブランドイメージを抱かれかねません。
ブランディングは、このブランドアイデンティティと顧客が抱くブランドイメージの差異をなくし、一致させていく一連の活動だと言えるでしょう。
ブランドアイデンティティを明確にするのはなぜ重要?
ここからはブランドアイデンティティを明確にする重要性について、以下の3つのメリットを踏まえてご紹介します。
一貫性のあるブランド戦略を立てられる
ブランドアイデンティティを明確にすると、ブランド戦略に一貫性を持たせることが可能です。
ブランドアイデンティティを明確にしないままブランド戦略を展開すれば、伝えるメッセージや価値観などにばらつきが生じ、顧客に対して伝わるイメージも不揃いになってしまう恐れがあります。
ブランドアイデンティティを明確化すれば、伝えたいイメージやメッセージなどにブレが無くなるため、企業の理想のイメージと実際のイメージの一致に繋がります。
顧客にブランドの魅力を伝え、競合と差別化できる
ブランドアイデンティティは、企業独自の魅力や価値観、文化などを詰め込んで構築します。
そのためブランドアイデンティティを明確化することで、社員が企業やブランドの魅力を言葉として把握できるようになり、顧客に対してブランドの魅力を正しく伝えることが可能です。
またその企業にしかない要素が詰め込まれたブランドアイデンティティは、競合と差別化するための武器としても活用でき、顧客に「自社が選ばれている理由」としてはっきりと示すことができます。
社員満足度の向上に繋がる
ブランドアイデンティティは顧客に対してだけでなく、社員に対しても有効的です。
ブランドアイデンティティを明確にすることで、社員は自分が入社した企業の魅力や価値を再認識できます。
企業の魅力や価値を理解している社員は、企業で働くことへの誇りやロイヤルティ(企業に対する忠誠度)が高まります。方針がはっきりしているため企画などの提案もしやすくなり、業務パフォーマンスの向上が見込まれます。
仕事にやりがいを感じてもらえれば、社員満足度向上にも繋げられるでしょう。
ブランドアイデンティティの構成要素
アーカー氏はブランドアイデンティティを構成する要素として、以下の4つの要素を挙げています。
1. 製品としてのブランド
製品から連想されるものをブランドアイデンティティとするケースがあります。 例えば、自動車メーカーの株式会社SUBARUは、車間距離制御や自動ブレーキなどを行う運転支援システム「アイサイト」を有しています。
SUBARUはアイサイトなどの知能化技術の活用を源泉として、安心と愉しさを提供する「笑顔をつくる会社」といったブランドアイデンティティを構築しています。
また、株式会社明治の「明治ブルガリアヨーグルト」は、「ブルガリア」という地域を製品のブランドアイデンティティとして活用しています。
ヨーグルトの故郷であるブルガリアに認められた日本で唯一のヨーグルトとして打ち出すことで、ブランドとしての価値を高めているのです。
2. 組織としてのブランド
組織の持つ文化や風土をブランドアイデンティティ構築のベースとする企業も多くあります。アウトドア用の衣料品を提供するアメリカ企業のパタゴニアは、環境保護を重視する文化が根付いた企業です。
創業者であるイヴォン・シュイナード氏は「地球が私たちの唯一の株主」であると考え、リデュース(必要なものは買わない)・リペア(まだ使えるものは修理する)・リユース(他に必要としている人に譲る)・リサイクル(使い道を失ったものを再生する)を徹底しています。
これらの活動を通じ、パタゴニアは他企業にはない独自のブランドアイデンティティを構築し、消費者側の「パタゴニアは環境保護に努めている」といったイメージ確立にも繋がっているでしょう。
3. 人としてのブランド
その製品・サービスを利用する顧客のパーソナリティや顧客の関係性を源泉とするケースも挙げられます。
無印良品は、シンプルなデザインでナチュラルな印象を持つ日用雑貨や衣類などを多数提供している日本のブランドです。無印良品の製品は特徴をあえて尖らせることなく、『これがいい』ではなく『これでいい』というコンセプトで開発されており、必要最小限の持ち物で生活するミニマリストなどから支持されています。
「ムジラー」と呼ばれる熱心な支持者も存在し、無印良品のブランドアイデンティティを現実のものとする大きな要素となっていると言えるでしょう。
またアメリカのオートバイメーカーであるハーレーダビッドソンは、「ハーレーオーナーズグループ」というファンクラブを設けており、オーナー同士の交流やツーリングイベントの開催を積極的に行っています
このファンクラブが、オーナーやこれから購入しようとしている顧客に対しての価値となっており、ハーレーダビッドソンのブランドアイデンティティに大きな影響を及ぼしているのです。
4. シンボルとしてのブランド
ロゴなどのシンボルをブランドアイデンティティの要素とするケースも多く見られます。
ロゴやシンボルなどは、言葉や文章といった論理的理解が必要な要素よりも記憶に残りやすく、想起されやすいという特徴があります。
その最たる例がiPhoneやMacBookなどの製品で知られるアメリカ企業のAppleです。
リンゴのマークを見れば、それがAppleの製品であるとすぐにわかり、さらにその製品がもたらす先進的な体験を想像することができます。
その他、マクドナルドやコカ・コーラ、スターバックスといった世界的に有名な企業は、顧客に広く知られているロゴやシンボルを展開していることが多いと言えるでしょう。
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ブランドアイデンティティを明確化するフレームワーク
ブランドアイデンティティを明確化する際に活用できるフレームワークとして、ブランド・アイデンティティ・プリズムをご紹介します。ブランド・アイデンティティ・プリズムは、アーカー氏と並ぶブランド論の権威ジャン=ノエル・カプフェレ氏が提唱しました。
ブランド・アイデンティティ・プリズムは以下の6つの側面から自社の要素を整理し、ブランドアイデンティティを明確化します。
6つの側面 | 要素 |
---|---|
Physique/ ブランドの物理的な特徴 | そのブランドが持つ、視覚や聴覚として訴えられる要素。 ブランドメッセージなどのテキストやロゴ、CMで用いられるジングル (そのブランドを表す短い音や音楽)などが主な要素となる。 |
Personality/ ブランドの個性 | ブランドを人格化したときに持つイメージ。 「プロフェッショナル」「洗練されている」「身近な」「明るく、親切」といった イメージを表す言葉やそれに伴う配色、デザインなどが挙げられる。 |
Culture/ ブランドの持つ文化 | ブランドの基準となっている企業の価値観や行動指針などを指す。 顧客にサービスを提供する際、どういった点を重視してきたかといった部分が文化として挙げられる。 |
Relationship/ ブランドと顧客の関係性 | ブランドと顧客との関係性がどのようなものかを定義したもの。 教師と生徒のような関係なのか、それとも親友や同僚といった近い存在でありたいのか、 ブランドを擬人化した上で顧客とどのような関係性を築いていきたいのかを検討していく。 |
Reflection/ ブランドのターゲット | ブランドがメインターゲットとする顧客属性を表す。 性別や年齢、住所や家族構成といったデモグラフィック特性、価値観や趣味・嗜好、 ライフスタイルといったサイコグラフィック特性まで網羅していく。 |
Self-image/ セルフイメージ | ブランドに対して顧客に抱いてほしいイメージを指す。 顧客がブランドに対してどのようなイメージを抱いているかを調査した上で、 抱いてほしいイメージとの差異を確認し、すり合わせるにはどうすればいいのかを検討していく。 |
ブランドアイデンティティを構築した後にすべきこと
ブランドアイデンティティを構築した後は、以下の流れで社内外への浸透を図っていきます。
1.ガイドラインやマニュアルの策定
ブランドアイデンティティに関してのガイドラインを策定することは、ブランド戦略を円滑に遂行していく上で欠かせません。
先に挙げたブランド・アイデンティティ・プリズムなど、ブランドアイデンティティを構築する要素や具体的な定義といった内容を、ブランドの知識がない社員でもわかりやすいように紹介した資料を用意するとよいでしょう。
ブランドアイデンティティを浸透させるにはどういった行動をすべきか、どういったメッセージを伝えるのか、カラーやロゴはどう使うのか、といった点を細かく規定したガイドラインも必要になります。
ガイドラインを実務レベルまで落とし込んだマニュアルまで策定できれば、この後に行うインナーブランディングもスムーズに進めることができるでしょう。
2.インナーブランディング
ブランドアイデンティティを構築できても、社内で認識がずれていれば、伝える情報にばらつきが出てしまい、一貫した価値やイメージも醸成されることはありません。
そのためブランドアイデンティティを構築した後は、作成したガイドラインやマニュアルを活用して勉強会やワークショップ、ケーススタディなどを実施しましょう。
社内へのブランド定着や浸透を推進する役割として、部署ごとにブランドリーダーといったポジションを設けるというのも一つの方法です。
各部署にブランドを深く理解したブランドリーダーを設置すれば、部門間の連携や横軸を通した浸透施策も取り組みやすくなるでしょう。
上記のような取り組みを何度も繰り返していくことで、徐々に社内でのブランドアイデンティティの理解が進み、一貫性のある活動に結びつきます。
3.アウターブランディング
ブランドアイデンティティに対する社内理解が十分になったタイミングで、初めて顧客を含めた社外に対して発信します。
社外へブランドアイデンティティを発信していく際は、「一貫性」と「継続性」の2つがキーワードとなります。
ブランドアイデンティティを正しく伝えるには、全ての顧客接点において一貫性を持ったコミュニケーションが必要となります。
またブランドアイデンティティやそれに基づくメッセージは何度も繰り返し発信して、顧客に深く理解してもらうことが重要です。看板や商品のパッケージ、名刺などにも使えるキャッチフレーズを用意しておくとよいでしょう。自社のSNSなどで活動をアピールする方法もあります。
この「一貫性」と「継続性」の2つをふまえて発信していくことで、初めてブランドアイデンティティが正しく伝わっていくという点は押さえておきましょう。
ブランドアイデンティティの成功事例
最後にブランドアイデンティティの成功事例をご紹介します。
1. スターバックス
スターバックスはアメリカに本社があるコーヒーチェーン店で、「サードプレイス」というブランドアイデンティティを掲げ、サービスの提供を続けています。
コーヒーという機能的な価値だけでなく、その空間やそこで過ごす時間にフォーカスし、来店した顧客にとって、「自宅でも職場でもない第3のリラックスできる場所」を提供しているのです。
スターバックスでは「店員とお客様」という関係ではなく、隣人のように感じてもらえるように、来店時に「いらっしゃいませ」ではなく、「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」という言葉を使っています。
地域の人の居場所としてくつろげる空間を演出することで、「サードプレイス」を実現できていると言えるでしょう。
2. ユニクロ
衣料品ブランドのユニクロは1号店がオープンした1984年以来、「MADE FOR ALL」というブランドアイデンティティを掲げて事業を展開してきました。
MADE FOR ALLは「衣服を通じてあらゆる人の生活をより良くする」ことを意味しており、服の持つ力で世界を良い方向へと変えていくことを目指すユニクロの在り方を表しているのです。
そのアイデンティティを根幹とし、エネルギー効率の向上や水資源の管理、廃棄物の削減、環境に負荷をかけない形で衣服を作るなど、SDGsにも積極的に取り組んでいます。
また「RE.UNIQLO」という服のリサイクル活動や、難民や服を必要とする人々への寄贈活動なども盛んです。これらの活動を通し、「MADE FOR ALL」というブランドアイデンティティを体現しています。
参照:ユニクロ公式ページ
3. NIKE
スポーツウェアブランドのNIKEは、「Just Do It」というブランドアイデンティティを掲げています。
「とりあえずやってみよう」といった意味の言葉通り、NIKEは常に進歩や挑戦に重点を置いて事業を展開してきました。スニーカーの改善はもちろんのこと、商品販売や商品解説をするアプリを開発したこともその一例です。アプリによって顧客一人ひとりに合った情報提供が可能になり、顧客との関係をさらに強固なものにしました。
このNIKEのブランドアイデンティティは、常に新しいものを取り入れるという点で、「チャレンジが好き」という顧客自らのパーソナリティを体現するためのツールとしても機能していると言えます。
参照:NIKE 公式ページ
まとめ
今回はブランドアイデンティティの定義や構成要素、構築するためのフレームワークなどをまとめてご紹介してきましたが、いかがでしたか。
ブランドアイデンティティはブランド戦略における中核となりますが、正しい考え方で取り組まなければ、その効果を得ることは難しいと言えます。
セールスやマーケティングといったあらゆるコミュニケーションにおいて、一貫性を持たせて展開することで、初めてブランドアイデンティティは正しく伝わり、競合他社との差別化を図れるのです。
ぜひこの記事を参考に、ブランドアイデンティティの明確化に取り組んでみていただければ幸いです。
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この記事の監修者:
宮崎桃(Meltwate Japanエンタープライズソリューションディレクター)
国際基督教大学卒。2016年よりMeltwater Japan株式会社にて新規営業を担当。 2020年よりエンタープライズソリューションディレクターとして大手企業向けのソリューションを提供。 ソーシャルメディアデータ活用による企業の課題解決・ブランディング支援の実績多数。 趣味は映画鑑賞、激辛グルメ、ゲーム